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未来の古典をデザインする〜 AIが見出した「100年後も読まれる」仕事と、そうでない仕事の違い 〜

Discovery
2025年10月6日

あなたが最後に「古典」と呼ばれる小説を読んだのは、いつですか。夏目漱石の『こころ』、太宰治の『人間失格』、あるいは『星の王子さま』や『ライ麦畑でつかまえて』。発表から数十年、ときには100年以上経ってもなお、私たちの心を揺さぶり、本屋の棚に並び続ける作品たち。では、10年前に夢中になったベストセラー小説を、今でも同じ熱量で語れるでしょうか。

作家のエミリー・テンプルが「ある年に最も売れた本が、100年後に私たちが記憶している本であるとは限らない」と述べたように、発売直後の爆発的な人気と、時代を超えて読み継がれる普遍的な価値は、必ずしもイコールではありません。もし、この「時代を超える」という現象に法則性があり、未来の古典が持つ「言葉のDNA」のようなものを解き明かせるとしたら。そんな壮大な問いに、AIとデータサイエンスの力で挑んだ研究があります。

カナダのヨーク大学などを中心とした研究チームが発表した論文「What makes a novel timeless?(何が小説を時代を超えるものにするのか?)」。この研究は、文学の謎を解くだけでなく、現代を生きる私たち、特にこれからキャリアを築く若い世代に、示唆に富むメッセージを投げかけています。それは、「長期的価値」をいかにして生み出すかという、すべての仕事に通じる普遍的な問いへのヒントです。今回はこの論文を紐解きながら、私たちの仕事や生き方に活かせる「時代を超える思考法」を考えていきます。

未来の古典をデザインする 〜 AIが見出した「100年後も読まれる」仕事と、そうでない仕事の違い 〜

「ベストセラーの方程式」の先にあるもの

「いくら内容やキャラクターが魅力的で、発売直後にヒットしたとしても、その小説が数十年、あるいは100年後も読まれるとは限らない」

時代を超えて読み継がれる名作には、どんな秘密があるのでしょうか。研究チームは、コンピュータに「目利き」をさせるという手法を採りました。彼らが用意したのは、約100年前の1909年から1923年にかけて出版された英語の小説です。「100年」という時間は、その本が真に時代を超えられたかを判断するのに十分な長さです。

そして、膨大な数の小説を二つのグループに分けました。一つは、当時ベストセラーリストを賑わせたものの、現代の読書レビューサイト『Goodreads』では人気上位ではない、いわば「一発屋」の作品群。もう一つは、出版当時は必ずしも大ヒットせずとも、100年後の今、同サイトのユーザーに支持されている「古典」です。最終的に「ベストセラー」124冊と「時代を超える小説」92冊が選ばれました。

そして、AIに、これらの小説の全文を読み込ませたのです。ただし、AIは私たちのように物語の筋や登場人物の感情を理解するわけではありません。AIが注目したのは、客観的な「言葉の使い方」です 。例えば、

  • どんな品詞(名詞、動詞、形容詞など)がどれくらいの割合で使われているか?
  • 一文の平均的な長さはどれくらいか?
  • 肯定的な言葉、否定的な言葉の頻度は?
  • 一人称(私)、二人称(あなた)、三人称(彼・彼女)の代名詞は、どれがよく使われるか?

こうした100以上の項目について、膨大なデータを数値化し、2つのグループの間にどのような違いがあるのかを分析させたのです。

結果は驚くべきものでした。AIは、物語の内容を一切知らなくても、約70%という高い精度で、ある小説がどちらのグループに属するのかを分類することに成功したのです。これは、ベストセラーと古典の運命を分ける鍵が、物語の壮大さやキャラクターの魅力といった高次元な要素だけでなく、「言葉の選び方」や「文章のリズム」といった、テキストの表面的な特徴に潜んでいることを示唆します。この研究は、単なる「ヒットの方程式」ではなく、その先にある「持続的な価値」の源泉を探る旅なのです。

未来の古典をデザインする 〜 AIが見出した「100年後も読まれる」仕事と、そうでない仕事の違い 〜

AIが読み解いた『100年読み継がれる小説』の特徴

AIが読み解いた特徴は、まるで対照的な二人の人物像を浮かび上がらせるかのようでした。

その場限りの人気に終わりがちなベストセラーは、とにかく「おしゃべり」でした。会話や人とのやり取りを示す「社会的な言葉」を多用する傾向にあり、特に「あなた(you)」という二人称代名詞の多さが顕著でした。これは、読者に直接語りかけるような対話形式の文章が多いことを示します。そして最も重要なのは、これが物語を「今、ここ」の文脈に強く依存させるという点です。発売当時は、作者と読者が共通の文脈を共有しているため、誰もが物語に没入できます。しかし100年も経てば社会は激変し、共通の文脈は失われ、現代の読者には共感しづらいものになってしまいます。

一方、100年の時を超えて愛される小説は、まったく逆の特徴を持っていました。ベストセラーとは対照的に、「社会的な言葉」が少なく、特定の時代や文化の常識を前提としなくても理解できる、より普遍的なテーマを扱っている可能性を示唆します。社会の流行り廃りから距離を置くことで、風雪に耐えうる強度を獲得したのです。

また、読みやすさを重視するベストセラーとは逆に、一文が長く、文章が複雑であるという特徴も見られました。複数の可読性指標で、時代を超える小説は「読解が難しい」と判定されています。一見不利に思えますが、人は「処理水準効果」という心理作用によって、努力して理解した情報ほど記憶に残りやすいのです。少し頭をひねらせるような文章が、読者の心に深く刻み込まれると考えられます。

そして最も興味深い特徴が、代名詞の使い方です。時代を超える小説は、「私たち(we)」や「彼ら(they)」といった複数形の代名詞を多く使っていました。これは読者を物語世界の当事者として巻き込み、作者や登場人物との一体感を生み出します。この包括的な語り口が、時代や文化の壁を超え、あらゆる読者に「これは私たちの物語だ」と感じさせる力を持っていたのです。

未来の古典をデザインする 〜 AIが見出した「100年後も読まれる」仕事と、そうでない仕事の違い 〜

言葉の響きが未来の古典を作ることはできるのか?

この研究成果は、私たちにある問いを突きつけます。もし時代を超える小説の特徴がデータで分析できるなら、それを使って意図的に「未来の古典」を作り出すことも可能ではないか、と。

答えはイエスであり、ノーでもあります。

本研究の意義は、クリエイターたちに「長く愛される作品とは何か」を考える新たな視点を提供した点にあります。目先の売上を狙う「ベストセラーの方程式」を追うのか、それとも100年後に届く不朽の価値を目指すのか。これは正誤の問題ではなく、誰に、何を届けたいのかという創作の目的意識を問うものです。

この選択は、私たちの生き方にも通じます。流行の服や話題の場所を追い求める刹那的な楽しさも日々の彩りですが、同時に、質の良いものを長く大切に使ったり、手間暇をかけて人間関係を育んだりすることに、私たちは持続的で深い価値を見出します。この研究は、目先の満足だけでなく、10年、20年後の人生を本当に豊かにしてくれるものは何か、という本質的な問いを考えるヒントを示しているのです。

しかし、この「レシピ」には危険性も伴います。一つは、表現の均質化です。もし誰もが「時代を超える作品の法則」を意識し始めたら、「社会的な言葉は控えめに、一文は長く…」といった表層的なテクニックばかりが追われ、中身の伴わない作品が溢れるかもしれません。もう一つは、革新性の喪失です。AIが示すのは過去の成功パターンであり、芸術の歴史は既定のパターンを破壊することで切り拓かれてきました。AIの分析を信奉することは、未来の革命的な才能の芽を摘む危険性をはらんでいます。データは過去を映す鏡であって、未来を予言する水晶玉ではありません。それはあくまで、より良い未来を創造するための「羅針盤」として、賢く使いこなす必要があるのです。

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「時代を超える」生き方へ。研究が示す、より良い人生と社会へのヒント

この研究は、文学の世界を飛び出し、私たちの生き方そのものに光を当ててくれました。ここから、より良い人生と社会を創るための3つのヒントを探ってみましょう。

一つ目は、「刹那的な楽しさ」と「持続的な幸福」のバランスを考えることです。ベストセラーがその時代の熱狂の中で消費されるように、私たちの日常も目先の流行や瞬間的な喜びに溢れています。しかし、時代を超える小説が時間をかけて読者の心に染み入るように、私たちの人生にも、すぐに結果は出なくとも、じっくりと向き合うことで得られる深い喜びや学びがあります。刹那的な楽しさだけでなく、10年後、20年後の自分を豊かにしてくれる「持続的な幸福」とは何か。その両方の時間軸を持つことが、深みのある人生につながるのではないでしょうか。

二つ目は、「わかりやすさ」の先にある豊かさに触れることです。「タイパ」や「コスパ」が重視される現代、私たちはつい手軽さを求めがちです。しかし、時代を超える小説が心地よい「複雑さ」を持っていたように、人間的な成長や思考の深化は、むしろ簡単には答えの出ない物事と向き合う中で育まれます。難解な本、多様な意見が交わされる議論、抽象的なアート。そうした「わかりにくさ」と向き合う時間は、私たちの思考を鍛え、世界の解像度を上げてくれます。

そして三つ目が、「あなた」ではなく「私たち」で未来を語ることです。SNSの普及は、社会の分断を加速させている側面もあります。そんな時代だからこそ、時代を超える小説が「私たち」という言葉で読者を包み込んだ事実は、重要なヒントを与えてくれます。

自分の意見(私)と他者の意見(あなた)が対立したとき、その二項対立を超える「私たち」という視点に立つことはできないだろうか。「私たち」という共同体にとって、より良い未来とは何か。「私たち」という人類にとって、次の世代に残すべきものは何か。より大きな主語で物事を捉え直すことが、分断を乗り越え、よりインクルーシブで持続可能な社会を創るための第一歩となるはずです。

AIが解き明かした「時代を超える言葉」の秘密は、単なる文学論に留まらず、私たちが日々紡ぎ出す「人生」という名の作品を、いかにして価値あるものにしていくかという、根源的な問いを投げかけています。

目先のトレンドに流されず、本質を深く思考し、より大きな主語で未来を語る。

あなたの人生が、100年後の未来に、どんなメッセージを伝えているかを想像してみてください。その時、あなたの生き様はきっと、時代を超えた「古典」としての輝きを放っているはずです。

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【元論文】

[1] PsyArXiv Preprints「What makes a novel timeless?」
https://osf.io/preprints/psyarxiv/fzhw3_v3

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