English

News

ニュース

幸運を実力と勘違いする罠〜 SNS時代の「成果バイアス」の落とし穴 〜

Discovery
2025年10月16日

「会社を辞めてフリーランスになったら、月収が7倍になりました!」

「直感を信じて投資したら、1年で資産が1000万円増えました!」

SNSや動画サイトを開けば、こんな「キラキラした成功体験」が毎日のように流れてきます。こうした話に触れ、「自分も挑戦すべきかも…」「この人の言う通りにすれば成功できるかも…」と、心が揺れ動いた経験は、特にキャリアの岐路に立つ若い世代の方なら一度や二度ではないでしょう。その一方で、「自分には才能なんかないから⋯」と、初めからあきらめてしまう方も多いのではないでしょうか。

それはまるで、ネットに溢れる様々な成功談が、勝負の前から勝者と敗者を決めてしまう「冷酷な運命」と化しているようでもあります。

しかし、そんな成功談を鵜呑みにしたり、あるいはそれを見て落胆する前に、少し立ち止まって考えてみてください。この問題を鋭く指摘するのが、イギリスの名門、ランカスター大学の経済学者カルロス・アロス・フェラー教授です。教授は、私たちが無意識に陥ってしまう「成果バイアス」という心理的な罠が、いかに私たちの判断を歪めているかを警告しています。これは、決断がどのようなプロセスで下されたか(決断の質)を無視して、その結果だけで良し悪しを判断してしまう思考の偏りを指します。

今回はこの「成果バイアス」を手がかりに、情報に振り回されず、自分自身のキャリア、ひいては人生にとって本当に価値ある判断を見抜くための視点をご紹介します。

幸運を実力と勘違いする罠 〜 SNS時代の「成果バイアス」の落とし穴 〜

良い決断が失敗し、悪い決断が成功する世界

「まず、フェラー教授が例に挙げる、簡単な思考実験をしてみましょう。

誰かがあなたにこんなゲームを持ちかけます。「サイコロを1回振って6の目が出たら、10万円あげよう。ただし、参加費として5万円を先に支払ってもらう。6以外の目が出たら、何ももらえず参加費は没収だ」。

さて、あなたはこのゲームに参加しますか?

少し考えれば、これが「分の悪い賭け」であることは明らかです。6が出る確率は1/6。残りの5/6の確率で、あなたは5万円という決して小さくないお金を失います。期待値を計算すればマイナスであり、合理的に考えれば参加すべきではありません。これは紛れもなく「質の悪い決断」が求められる状況です。

では、あなたの友人がこのゲームに参加し、見事に6を出して5万円の利益を得たとします。彼女は興奮して「やっぱり私の決断は正しかった!」と言いました。さて、彼女の「ゲームに参加する」という決断は、結果的に成功したからといって「賢明な決断」に変わるのでしょうか?

答えは「ノー」です。彼女は悪い決断をしましたが、偶然にも幸運に恵まれただけです。もし600人がこのゲームに参加すれば、統計的には約100人は勝ち、残りの500人は大金を失うでしょう。勝者の裏には、その5倍もの敗者がいるのです。

この構図は、私たちの仕事や日々の生活でも全く同じように、しかしもっと複雑な形で起こっています。

幸運を実力と勘違いする罠 〜 SNS時代の「成果バイアス」の落とし穴 〜

SNS時代の「成果バイアス」 — 幸運を実力と勘違いする罠

YouTubeで成功を語るインフルエンサー。SNSで華やかな生活を見せる起業家。彼らの多くは、この「サイコロで6を出した勝者」なのかもしれません。

メディアやアルゴリズムは、何百、何千という挑戦者の中から、最もドラマチックな成功を収めた「運の良い1人」をヒーローとして私たちの目の前に連れてきます。そして、その人がいかに「直感」や「独自の哲学」、「人とは違う大胆さ」で成功したかを語り、私たちはそれを普遍的な「成功法則」として受け入れてしまいがちです。

しかし、その裏で、同じような、あるいはもっと堅実な挑戦をして失敗し、静かに消えていった数多くの人々の存在は見過ごされがちです。私たちは、SNSや動画配信のアルゴリズムによってフィルターされ増幅された、「賭けの勝者」の声だけを聞いているにすぎないのです。

(それはNHKの人気番組『プロジェクトX』のエンディング、中島みゆきの『ヘッドライト・テールライト』の歌詞そのものなのかもしれません。そんな曲が、勝者の成功ストーリーのエンディングなのは皮肉なことですが⋯)

この成果バイアスが強力であることは、様々な研究によっても裏付けられています。心理学者のジョナサン・バロンとジョン・ハーシーの研究では、全く同じプロセスで行われた意思決定でも、良い結果が出た場合の決定者を、悪い結果が出た場合よりも「有能だ」と評価する傾向が示されました。また、経済学者のマリアンヌ・バートランドとセンディル・ムライナサンは、石油会社のCEOの報酬が、本人の経営手腕とは無関係な原油価格の幸運な変動によっても大きく左右されることを発見しました。私たちは、結果が良いというだけで、その人の実力までをも過大評価してしまうのです。

このバイアスが特に厄介なのは、フェラー教授が指摘するように、社会の注目や評価が「華やかな成功の物語」ばかりに向けられてしまうことです。地道な情報収集と分析を重ね、慎重な判断でリスクを回避し、着実に成果を上げる。こうした「良いプロセス」から生まれる成功は、多くの場合、地味で目立ちません。「会社が倒産しなかった」「プロジェクトが炎上しなかった」という功績が、ニュースになることはないからです。一方で、無謀な賭けに出て偶然成功した人の話は非常にドラマチックで、人々の心を惹きつけ、称賛の的となります。

私たちは、派手な成功談に目を奪われるあまり、その裏にある客観的な現実を忘れ、再現性のない幸運を「誰もが目指すべき道」だと勘違いしてしまうのです。

幸運を実力と勘違いする罠 〜 SNS時代の「成果バイアス」の落とし穴 〜

「プロセス」こそが、人生の羅針盤であり海図

では、私たちはどうすれば、SNSやメディアに溢れる「運が良かっただけの成功談」に振り回されず、自分にとって本当に信頼できる人や情報、そして進むべき道を見つけられるのでしょうか。答えは、結果という「点」で物事を判断するのではなく、そこに至るまでの思考の「プロセス」、つまり「線」に注目することです。

成功談に触れたとき、私たちは「何を成し遂げたか」という結果に目を奪われがちです。しかし、本当に価値ある学びを得るには、正解へと至った思考の道筋、つまり「なぜその決断に至ったのか」を考えることを習慣づけるべきです。これは、いわば思考の解像度を高める訓練です。「成功談」をそのまま受け入れるのではなく、「他にどんな選択肢があったのか」「どんな事態を想定したのか」「成功の要因は運と実力、どちらが大きいのだろうか」といった具体的な問いを立ててみましょう。この批判的な視点を自分自身の決断にも向けることが重要です。「なんとなくAがいい」と感じたら、なぜBやCではダメなのか、その決断の根拠は何かを、誰かに説明できるレベルまで言語化してみる。この地道な作業が、曖昧な感覚を、揺るぎない判断力へと変えていくのです。

さらに、その成功談が「再現性」を持つことなのかを考えることも大切です。一度きりの大きな成功は、「世紀のまぐれ当たり」かもしれません。本当に信頼できるのは、時代や環境が変わっても通用する普遍的な原理に基づいたスキルであり、異なる状況でも着実に成果を積み重ねられる普遍性です。成功談ばかりでなく、その人が過去の失敗から何を学び、どう次の成功に活かしたのかというストーリーにこそ、再現可能な強みのヒントは隠されています。

「失敗ではない。うまくいかない1万通りの方法を発見しただけだ」

発明王トーマス・エジソンは、そう言いました。その発想こそが、荒海の如く激しく変化する時代を航海するための、羅針盤であり海図となるのです。

「〇〇するだけで成功する」といった「魔法の杖」は、残念ながらこの世に存在しません。安易な解決策に飛びつくのではなく、この複雑さや面倒くささを引き受け、情報や他人の意見を参考にしつつも、最後は「自分だけの正解」を主体的に作り上げる覚悟を持つこと。情報に振り回されず、自分の足で立つための、これこそが最も重要な心構えです。

幸運を実力と勘違いする罠 〜 SNS時代の「成果バイアス」の落とし穴 〜

壊れた時計に、あなたの人生を委ねない

「どんな壊れた時計でも、一日に2回は正しい時刻を指す」

辛辣な皮肉で有名だった作家マーク・トゥェインのブラック・ジョークは、成果バイアスに囚われる人間の、愚かさを鋭く射抜いています。

ある時刻を指して止まった壊れた時計の針。たまたまその時刻に、それを目にしたとしても、その時計を信頼して行動する人はいないでしょう。

私たちがSNSで目にする多くの「成功者」や「成功談」は、そんな壊れた時計なのかもしれません。そして、彼らの言葉を無批判に信じてしまうことは、自分の人生という最も大切な旅の水先案内を、壊れた時計に委ねてしまうことに等しいのです。

どこに住むか、どんな仕事を選ぶか、お金をどう使うか、何を学ぶか⋯私たちの人生は、無数の決断の連続によって形作られています。その一つひとつの決断において、私たちは知らず知らずのうちに「誰かの成功談」に囚われてしまいがちです。もし、そんな「成功談のパクリ」が偶然にもうまくいってしまったなら、それは次の失敗を招く危険な慢心を生むことになってしまうでしょう。また、示された成功法則だけが正しいと思い込み、他の可能性を見失ってしまうことで社会や時代の変化に対応できず、やがては孤立し行き詰まってしまってしまうはずです。

そして、誰かの成功談にすがり、成功した体験に固執して新たな挑戦を避け続け、結果ばかりを追い求める人生は、常に運や他人の評価といった、自分ではコントロールできないものに心を揺さぶられ、いつかは精神的に消耗しまうに違いありません。

それに対して、たとえ結果は思う通りではなかったとしても、自分自身であらゆる情報を集め、考えうるリスクを想定し、自分自身の価値観に照らし合わせて、最善のプロセスで決断したという事実があれば、それは決して無駄にはなりません。その経験は後悔ではなく、「次への学び」となり、困難な状況でも自分を支えてくれる「自分らしく生きることへの自信」となり、あなた自身の心の充実と満足をもたらすはずです。試行錯誤そのものを楽しむ、知的好奇心を満たす、昨日より今日の自分が少しでも成長していることを実感する。結果はコントロールできませんが、決断に至るまでの「選択」は、常にあなた自身が考え、決定できます。そこにこそ、人生の主導権を握る喜びがあるのです。

SNSに溢れる「成功談」という「点」に惑わされることなく、成功と失敗を繰り返しながら地道に積み上げられた、その人の思考と行動の「線」という航跡を描き、結果という不確かな評価に怯えることなく、自分なりの最善を尽くして海図と向き合う。それこそが、情報過多で不確実な時代を、自分らしく、そして力強く生き抜くための、最も確かな羅針盤となるはずです。

【元論文】

[1] Psychology Today「Why You Shouldn’t Judge Decisions by Results Alone」
https://www.psychologytoday.com/us/blog/decisions-and-the-brain/202509/why-you-shouldnt-judge-decisions-by-results-alone

ニュース一覧へ

ご不明な点は
お気軽にお問い合わせください

製品についてのお問い合わせやご不明な点などございましたらお気軽にお問い合わせください。
本サイトのお問い合わせフォームならびにお電話にて受け付けております。

お問い合わせ