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消えゆく「針」が指し示す未来〜 AIと若者が失いつつある「時間の形」 〜

Discovery
2026年1月19日

「最新のAI」と、スマホを使いこなす「デジタルネイティブの皆さん」。 一見すると、この両者は時代の最先端を走る「賢さ」の象徴のように思えます。でも今、この両者がまるで示し合わせたかのように、ある一つの「昔ながらの道具」の前で立ち往生しているという事実はご存知でしょうか?

それは、学校の教室や駅のホームにある(もはや「あった」と言うべきでしょうか)、丸い「アナログ時計」です。

2025年、スコットランドとニューヨークから相次いで届いたニュースは、単なる「時計が読めないなんて笑えるね」という話を超えて、私たちの文明が直面している「情報の変化」と、人間(そしてAI)の知性がこれからどこへ向かおうとしているのかという、とても深くて大切な問いを投げかけています。

この記事では、AIの研究結果と、ニューヨークの学校で実際に起きた出来事を交えながら、なぜ今「時計の針」の意味が失われつつあるのか、そして全てがデジタル化された時間の中で、私たちが人間らしい感覚を取り戻すために何ができるのかを考えてみたいと思います。

消えゆく「針」が指し示す未来 〜 AIと若者が失いつつある「時間の形」 〜

奇妙な一致:最先端の頭脳が「丸い時計」につまずく理由

エッセイは書けても、時計は読めないAIたち

まず、スコットランドからのちょっと驚きの報告を紹介しましょう。エジンバラ大学の研究チームが、今世界中で話題になっている最新のAI(画像も言葉も理解できるマルチモーダル大規模言語モデルと呼ばれるもの)に対して、「アナログ時計の画像を見て、今何時か答えてみて」というテストを行いました。

今のAIといえば、難しい論文を要約したり、まるで人間が描いたような絵を一瞬で作ったりと、ものすごい能力を持っていることはご存知の通りです。ところが、そんな「天才」であるはずのAIたちが、時計の針が指す時間を正確に答えることには、信じられないほど苦戦したのです。

その正解率は、条件によってはなんと4分の1以下。4回に3回は時間を間違えてしまうという結果でした。

特に、数字が「I, II, III...」といったローマ数字で書かれている文字盤や、秒針が含まれている画像だとさらに混乱してしまい、カレンダーの日付計算でも5回に1回は間違えるという、なんとも人間味のある(?)ミスを連発しました。

研究者たちは、AIが「空間を認識する力」や「文脈を理解する力」といった、人間が息をするように自然に行っている基本的な処理でつまずいているのではないか、と分析しています。

AIは、画像の中から「これは長針のピクセルだ」「これは数字の12だ」と細かい点を見つけるのは得意ですが、それらが組み合わさって作られる「時間の意味」を読み取るのは、まだ苦手だというのです。

スマホを取り上げられた教室の困惑

時を同じくして、大西洋の向こう側、ニューヨークでも似たようなことが起きていました。

2024年から2025年にかけて、ニューヨーク市の学校では「校内でのスマートフォン持ち込み禁止(あるいは使用制限)」という新しいルールが導入されました。

授業中にスマホをいじらなくなれば、勉強に集中できていいことばかり……と思いきや、教育現場では予想外の事態が発生しました。スマホという便利な「デジタル時計」を取り上げられた生徒たちが、教室の壁にかかっているアナログ時計を読めず、パニックになってしまったのです。

「先生、今何時ですか?」

「あと何分で授業が終わりますか?」

授業中、そんな質問が止まらなくなってしまいました。

ある高校の教頭先生は、「スマホがなくなって廊下の移動はスムーズになったし、遅刻も減った。でも、生徒たちは『自分が今、遅刻しそうなのかどうか』を確認する術(すべ)を持っていないんだ」と語っています。

もちろん、彼らは小学校1年生や2年生の頃に、算数の授業で「時計の読み方」を習っています。知識として知らないわけではありません。でも、普段の生活でスマホのデジタル表示(10:45のような数字)しか見ていないため、そのスキルは完全に錆びついてしまったか、あるいは脳の奥底に「忘却」されてしまったのです。

ある15歳の生徒は、インタビューに対してこう正直に答えています。

「読もうと思えば読めるよ。でも、計算しなきゃいけないし、面倒くさい。誰かに聞いた方が早いし、みんなそうしちゃうんだ」

消えゆく「針」が指し示す未来 〜 AIと若者が失いつつある「時間の形」 〜

「10:45」という記号 vs 「あと15分」という空間

なぜ、ものすごい計算能力を持つAIと、最新のデジタル機器を自在に操る皆さんが、揃って「円盤上の2本の棒」ごときに負けてしまったのでしょうか。

ここには、デジタル時代における「情報の質」の変化と、私たちの脳の使い方の変化が隠されています。

デジタルは「点」、アナログは「線」

スマホの画面に表示されるデジタル時計の「10:45」という数字。これは極めて正確で、無駄のない「数値」です。パッと見れば一瞬で「今は10時45分だ」とわかります。そこには解釈の余地はなく、現在の時刻という「点」だけが提示されます。

一方、アナログ時計は違います。

私たちはアナログ時計を見るとき、まず「長針がどの位置にあるか」を見ます。そして、「12(正午や次の正時)」までの残りの面積(ピザの食べ残しのような形)を見て、「あ、あとこれくらい時間が残っているな」と直感的に把握します。

つまり、アナログ時計を読むという行為は、単なる数字の確認ではありません。「過去から未来へと繋がる時間の線」の上に、今の自分がどこにいるのかマークするという、とても高度な情報処理なのです。

AIの研究チームは、アナログ時計を理解するには「空間的な認識力」「文脈を読む力」「基礎的な数学力」の組み合わせが必要だと指摘しました。AIはデータを処理するのは得意ですが、「流れ」や「空間」といった概念的なものを捉えるのが苦手です。

同じように、デジタルネイティブである皆さんの脳も、時間を「連続した流れ」としてではなく、スマホ画面に表示される「断絶した数値」として認識するように回路が書き換わっているのかもしれません。

皆さんにとって、時間は肌で「感じる」ものではなく、画面で「確認する」ものになった。それが、アナログ時計が読みにくくなった本当の理由ではないでしょうか。

消えゆく「針」が指し示す未来 〜 AIと若者が失いつつある「時間の形」 〜

これから起きること:タイパ至上主義のその先にある未来

この現象を見て、「最近の若者は常識がない」「AIもまだまだ大したことはない」と笑うのは簡単です。でも、それは少し早計かもしれません。

ニューヨークの先生たちも認めている通り、若い皆さんのデジタルスキルは本当にすごいです。先生が新しいアプリの使い方にアタフタしている横で、生徒が涼しい顔をして操作を教える、なんて光景は日本でも日常茶飯事でしょう。

これはある意味で、アナログ時計という「古いルール」を捨てて、より高速で効率的なデジタルという「新しいルール」に適応した「進化」だと言えるかもしれません。

しかし、ここで私たちが一度立ち止まって、真剣に考えるべきことがあります。それは、「時間を空間(広がり)として捉えられなくなること」が、私たちの未来にどんな影響を与えるのかということです。

待てない心、焦る脳

もし、私たちが「あとどれくらいで授業(仕事)が終わるか」を、円グラフのような「量」としてイメージできなくなったら、どうなるでしょうか。

すべてが「数字」で管理される世界では、プロセスや文脈が抜け落ち、「結果(時刻)」だけが重要視されるようになります。

例えば、「あと15分ある」という状況。

アナログ時計なら、その15分は「これだけの広さがある時間」として見えます。そこには、「ちょっと休憩しようかな」とか「この時間でノートを見返そうかな」といった、ゆとりや工夫が入り込む余地(空間)があります。

しかし、デジタルの「10:45」という数字と「終了は11:00」という数字だけを見ていると、その間の時間は単なる「待ち時間」や「無駄な空白」に感じられてしまうかもしれません。

「タイパ(タイムパフォーマンス)」という言葉が流行っているのも、時間を「味わう空間」ではなく「消費するコスト」として捉える感覚が強まっているからではないでしょうか。

このままいくと、私たちは「待つこと」に耐えられなくなるかもしれません。動画を倍速で見ないとイライラしたり、メッセージの返信が数分遅れただけで不安になったり。それは、時間の「流れ」を感じる能力が弱まり、常に「結果」だけを求めるようになってしまった副作用と言えるでしょう。

予測できない未来への不安

さらに、時間を空間的に把握できないと、「見通しを立てる」能力にも影響が出ることが懸念されます。

アナログ時計の針の動きは、未来が少しずつ近づいてくる様子を可視化してくれます。しかし、デジタル数字は、ある瞬間に突然切り替わります。

「締め切りまであと3日」というのも、アナログ的な感覚を持っていれば「3日分のボリューム」として体感できますが、デジタル的な感覚だけだと、突然「締め切り当日」という数字が目の前に現れて、パニックになる、或いは「1秒」というデジタルな刻みで期限が刻一刻と迫ってくるという強迫観念に囚われるようになってしまうかもしれません。

AIが時計を読めないのも、人間が時計を読まなくなるのも、私たちが「効率」と引き換えに、生活の中から「文脈」や「流れ」といった、曖昧だけど大切な感覚を手放しつつあることの危険な兆候だと思われてならないのです。

消えゆく「針」が指し示す未来 〜 AIと若者が失いつつある「時間の形」 〜

デジタルな世界で「アナログの身体」を取り戻す

さて、ここまで「AI」と「人間」の両方がアナログ時計を苦手としている現状を見てきましたが、ここで少し整理してみましょう。

一見すると、AIと人間は同じ理由でつまずいているように見えます。しかし、その中身をよく見ると、少し性質が異なることがわかります。

両者がアナログを苦手とする根本的な原因は、「デジタル情報のほうが圧倒的に扱いやすいから」です。デジタル情報は規格が統一されていますが、アナログ情報は、時計のデザインが千差万別であるように、多様でバラバラです。

「デジタル化が規格の統一を促進することで、アナログ情報は特殊で扱いにくいものになっていく」

この社会全体の変化は、AIにも私たち人間にも共通しています。

しかし、そこにはたった1つ決定的な違いがあります。

  • AIの場合: 学習データにアナログ時計のパターンが十分にない、つまり学習していないから読めない
  • 人間の場合: デジタルの方が便利すぎてアナログを使わなくなった、つまり使わないから感覚を忘れた

つまり、AIと人間には直接的な因果関係はないものの、デジタル化という大きな波の中で「アナログ情報が苦手になる」という同じ現象を引き起こしていたのです。

「不便」ではなく「新しい文化」としての可能性

こう書くと、「だからデジタルはダメなんだ、アナログに戻ろう」と言いたくなりますが、そう決めつけてはいけません。

デジタル化によって、誰もが正確な時間を瞬時に知ることができるようになったのは、素晴らしい「進化」でもあるからです。

ニューヨークの生徒たちがデジタル時計を好むのも、それが合理的だからです。タイパ至上主義も、膨大な情報量の中で効率よく生るための賢い適応戦略と言えるでしょう。

デジタル化は決して悪いことではありません。むしろ、私たちが面倒な計算から解放され、より創造的なことに脳を使えるようになたというメリットも大きいのです。

しかし、デジタル一辺倒になりすぎることで、私たちが元々持っていた「時間の広がりを感じる力」や「待つことを楽しむ心」といた、人間らしい豊かな感性まで手放してしまうのは、少しもったいない気がしませんか?

そこで最後に、デジタルの便利さも満喫しつつ、アナログ的な豊かさも取り入れるための、ちょっとした「バランス調整」のヒントを3つ提案させてください。

① 「時間の量」を目に見える形にする

仕事や勉強をする時、あえてスマホのタイマーではなく、「砂時計」や、残り時間が赤い円盤で表示される「アナログ式のタイマー」を使ってみませんか?

「あと15分」という時間を、減っていく砂や色として「目で見て感じる」ことは、脳にデジタル表示とは全く違う刺激を与えます。

「あ、時間はこうやって流れているんだ」と実感することで、不思議と焦りが消えたり、集中力が増したりするはずです。時間を「計算するもの」から「感じるもの」へと、感覚のスイッチを切り替えるイメージです。

② 「あえての手間」を楽しむ

AIやスマホは、答え(結果)を瞬時に出してくれます。最高に便利です。

でも、アナログ時計を読む行為には、「短針と長針の位置関係を見て、今の時間を推測する」という「手間」が含まれています。

日常生活の中で、あえて「すぐに答えが出ないもの」に関わる時間を持ってみましょう。

キーボードではなく手書きで文字を書く。Googleマップを見ずに、紙の地図や看板を見て迷いながら歩く。サブスクで音楽を聴くのではなく、レコードに針を落としてみる。最近、ちょっと流行っている「ラジカセ」の懐かしい音を楽しむのもよいかもしれません。

便利さの中で省略されてしまった「思考のひと手間」や「面倒くさい手順」を、趣味や遊びの中で取り戻すこと。それこそが、効率化されたAIには真似できない、人間らしい知性や感性を養うことにつながります。

③ 「圏外」の時間を作る

1日の中に少しだけでいいので、「アナログ時計しか時間の目印がない時間」を作ってみてはどうでしょうか(或いは時計すら持たず、日差しの傾きや影の長さだけを頼りに過ごす時間も素敵でしょう)。

スマホを家に置いて散歩に出るだけでもいいです。通知音に急かされるのではなく、「日が傾いてきたから、そろそろ帰ろうかな」という、野生の感覚で判断する時間。

「今、正確に何時何分か?」という情報よりも、「お腹が空いたからお昼にしよう」「暗くなってきたから休もう」という感覚的な判断の方が、生き物としての私たちには心地よく、そして重要であることも多いはずです。

時計の針が刻んでいるのは、単なる数字の羅列ではありません。

それは、ぐるぐると回る時間の中で、私たちが今どこにいて、これからどこへ向かっていくのかという、一つの「物語」です。

デジタル全盛の今だからこそ、ふと顔を上げて教室や駅の壁にある時計を見上げ、「円盤の中の現在地」を確認してみる。

「あとこれくらい、頑張れるな」

「あとこれくらい、待てるな」

そんなアナログな感覚や作法が、情報の洪水に流されそうになる私たちの心を繋ぎ止める、大切な「錨(いかり)」になるのかもしれません。

便利さと効率を愛しながらも、時々は「針」の指すゆっくりとした時間を楽しむ。そんな新しい生き方が、これからの時代には一番クールなスタイルになるのではないでしょうか。

消えゆく「針」が指し示す未来 〜 AIと若者が失いつつある「時間の形」 〜

【参考資料】

[1] EurekAlert! (American Association for the Advancement of Science | AAAS) 「Most AI struggles to read clocks and calendars, study finds」
https://www.eurekalert.org/news-releases/1076820

[2] Gothamist (by New York Public Radio) 「NYC phone ban reveals some students can't read clocks」
https://gothamist.com/news/nyc-phone-ban-reveals-some-students-cant-read-clocks

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