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私たちは、生まれながらにして「善」である〜 世界5か国の研究が解き明かした、利他の心と「許し」の普遍性 〜

Discovery
2026年2月16日

私たちは、生まれつき「自分勝手な悪」なのでしょうか? それとも、心の奥底に「誰かを助けたい」という善の種を持って生まれてくるのでしょうか?

古くから哲学や宗教が問い続けてきたこの難題に対し、最新の科学がひとつの希望に満ちた答えを提示しました。ボストン大学やデューク大学の研究チームが2026年2月に発表した最新の研究は、世界5つの異なる社会で育つ400人以上の子どもたちを対象に、「協力」という行為がどのように芽生え、育っていくのかを明らかにしました。

この研究が解き明かしたのは、私たちが決して「生まれながらの悪」ではないということ。そして、たとえ育つ環境や文化が違っても、私たちの魂の根底には共通して「許し」や「思いやり」の心が流れているという事実です。

本稿では、この画期的な研究結果を紐解きながら、私たちが日々の生活の中でどのように「本来の善性」を保ち、より幸せな世界を築いていけるのかを考えていきます。

私たちは、生まれながらにして「善」である 〜 世界5か国の研究が解き明かした、利他の心と「許し」の普遍性 〜 〜

記憶は「保存された記録」ではなく「更新され続ける物語」

まず、私たちが抱いている「記憶」というものの固定観念を一度リセットしてみましょう。

多くの人は、記憶を「ハードディスクに保存された写真や動画」のように考えています。一度記録されたものは、時間が経っても中身が変わることはなく、ただ少しずつ色褪せていくだけだ、と。

しかし、現代の心理学や脳科学において、記憶の正体はもっと「生きた」存在です。専門的な言葉では「再固定化」と呼ばれますが、もっと分かりやすく言えば、記憶とは「思い出すたびに一度机の上に広げられ、その時の気分や環境に合わせて書き直される、未完成の台本」のようなものなのです。

私たちが過去の出来事を思い出すとき、脳はその記憶を一時的に不安定な状態、つまり「編集可能なモード」に切り替えます。そして、その瞬間に感じている感情や入ってくる情報を、元の記憶にそっと混ぜ込み、再び脳の奥底へとしまい込みます。この仕組みがあるからこそ、私たちは過去の出来事に対して、時間の経過とともに新しい意味を見出すことができるのです。

ここに、音楽が介入する最大のチャンスが隠されています。

世界の子どもたちが挑んだ「4つのルールを持つ協力ゲーム」

研究チームは、アメリカ(ボストン)、カナダ(アンティゴニッシュ)、ペルー(サン・ペドロ・デ・サーニョ)、ウガンダ(フォート・ポータル)、そしてエクアドルのアマゾン奥地に住む先住民族「シュアール族」という、文化も生活様式も全く異なる5つの地域の5歳から13歳の子どもたちを対象に調査を行いました。

子どもたちが参加したのは、お菓子(ハイチュウのようなお菓子)や特別なシートを使った「4つのルールを持つゲーム」です。これらは、大人が「正しい」と考える道徳的な行動を、子どもたちが実際にどれくらい実行できるかを測るためのものでした。

① 公平性のルール(自分だけ多くもらう?それとも分ける?)

木製の装置を使い、自分と相手にお菓子を配ります。例えば「自分に4個、相手に1個」という不平等な配分が提示されたとき、子どもはそれを「受け入れる(緑のハンドル)」か、不公平だからと「拒否して誰ももらえないようにする(赤のハンドル)」かを選びます。

② 信頼のルール(相手を信じて任せられる?)

自分一人では届かない場所にあるお菓子を取るために、別の友達が自分の道具を譲って協力してくれた、という設定です。協力のおかげで手に入った6個のお菓子のうち、何個をその友達にお返しとして分けるかを決めます。

③ 許しのルール(相手のミスを許せる?)

大切なスクラッチシートに、前の人が「うっかり(不注意で)」落書きをして汚してしまったという状況です。子どもは、その汚れたシートをゴミ箱に捨てるか、それとも「いいよ」と言って相手に返してあげるかを選びます。

④ 正直さのルール(損をしても嘘をつかずにいられる?)

「お菓子が1個入っているよ」と言われて渡された箱を、先生が見ていないところで開けると、実際には4個入っていました。子どもが正直に「余分に入っていました」と先生に返すかどうかを観察します。

私たちは、生まれながらにして「善」である 〜 世界5か国の研究が解き明かした、利他の心と「許し」の普遍性 〜 〜

研究が示した「成長と適応」のドラマ

この世界を股にかけた壮大な実験から、2つの驚くべき事実が浮かび上がりました。

1. 「最初はみんな同じ」という希望

まず、世界中のどの地域でも、5歳から7歳までの幼い子どもたちは驚くほど似通った行動をとることが分かりました。幼少期の子どもたちは、まずは自分の利益を優先する傾向があります。これは「欲張り」というよりも、まずは自分が生き残るためにリソースを確保しようとする、生命としての本能的な反応と言えるでしょう。

しかし重要なのはここからです。8歳から13歳の中間児童期の子どもたちは、周囲の大人を見て、「自分のコミュニティでの正解」を学習し、行動をアップデートし始めます。つまり、子どもたちは成長するにつれて、単に「自分のため」だけではなく、「どうすればこの社会でうまくやっていけるか」という協力の知恵を学び始めるのです。

2. 地域の文化や大人の価値観に合わせて変化する子どもたち

ゲームの実施結果を異なる文化圏で比較すると、さらにその傾向は顕著に示されます。

5歳から7歳までの幼い子どもたちの行動は住んでいる文化圏に関わらず共通であったのに対して、8歳から13歳にかけての子どもたちの行動は、住んでいる地域の文化や大人の価値観に驚くほど似通ってきていたのです。

例えば、アメリカやカナダのような工業化された社会では、知らない人とも平等に分かち合うことが推奨されます。そのため、ここの子どもたちは年齢とともに、不公平な配分を拒否するようになります。

一方で、資源が限られているエクアドルのシュアール族のコミュニティでは、「リソースを無駄にしないこと(効率性)」が最も重要視されます。そのため、ここの子どもたちは「たとえ不平等でも、お菓子が捨てられるよりは誰かがもらった方がいい」と考え、不公平な配分を拒否しなくなるのです。

これは、シュアールの子どもたちが「不道徳」なのではなく、「自分の社会で最も合理的な協力の形」を正しく身につけた結果なのです。私たちは生まれながらにして、自分が属する社会のルールを読み解き、それに適応して「善」を体現しようとする素晴らしい学習能力を持っているのです。

「許し」という名の普遍的な善性

そして、この研究で最も心を打つ発見は「許し」についてでした。

公平性や正直さの表現については、文化によって適応の仕方が分かれました。しかし、「うっかりミスをした人を許すかどうか」という問いに対しては、世界中のどの地域、どの民族であっても、子どもから大人まで驚くほど強い一致が見られたのです。それは「許す(”いいよ”と言ってミスした相手にスクラッチシートを返してあげる)」という行為です。

「わざとじゃないなら、許してあげよう」

この精神は、高度な情報化社会に住む人も、狩猟採集をして暮らす人も、全く同じように持っている普遍的な感覚でした。研究チームは、この「許し」の心こそが、人類が長年かけて培ってきた、壊れかけた協力関係を修復し、再び手を取り合うための「文化を超えた普遍的な解決策」であると指摘しています。

私たちの日常でも、こんな経験はないでしょうか。

忙しい朝、見知らぬ誰かと肩がぶつかってトゲトゲした気持ちになった瞬間、相手が「あ、すみません!」と申し訳なさそうに会釈をしたら、ふっと心が軽くなる。あるいは、部下や友人が大きな失敗をしたとき、それが一生懸命やった結果の「うっかり」だと分かれば、「次は一緒に頑張ろう」と手を差し伸べたくなる。

この「許す」という行為、そして相手の痛みを想像する「思いやり」は、私たちが教育によって後から付け加えるまでもなく、魂の深い部分で既に知っている「共通の善性」なのであり、翻ってみれば、「相手の立場、気持ちを考えて自らを律する」という利他の心の現れでもあるのです。

スマートフォンやSNSが当たり前の環境で育ったデジタルネイティブ世代の若い皆さんにとって、この「許し」というテーマは、より切実な意味を持つのではないでしょうか。インターネットの世界では、一度発信した言葉や過去のミスが「デジタルタトゥー」として永遠に残り続けることがあります。そこでは、前後の文脈や「うっかり」という背景が無視され、たった一度の失敗で激しくバッシングを受ける、いわゆる「キャンセルカルチャー」のような光景も珍しくありません。

しかし、この研究結果は私たちに大切なことを思い出させてくれます。相手が「わざとではなく、事故で」失敗したとき、それを許し、受け入れることは、人類が共通して持っている「OS(基本ソフト)」のような本能的な善性なのです。

例えば、LINEの誤爆、SNSでの言葉足らずな投稿、ゲーム中での通信エラーによる予期せぬ切断。これらはすべて、デジタル空間における「うっかりした事故」です。画面の向こう側にいるのも、あなたと同じように「うっかり」を経験する一人の人間です。

この研究において、子どもたちが間違った相手を許してあげたように、私たちもデジタルの世界で「誰かのうっかり」に出会ったとき、反射的に攻撃するのではなく、一度立ち止まることができます。相手の痛みを想像する力は、私たちが教育によって後から付け加えるまでもなく、魂の深い部分で既に知っている力なのです。

私たちは、生まれながらにして「善」である 〜 世界5か国の研究が解き明かした、利他の心と「許し」の普遍性 〜 〜

私たちが向き合うべき「正義」の危うさ

しかし、この研究は私たちにひとつの警鐘も鳴らしています。

「人は社会のルールに驚くほど適応しやすい」ということは、裏を返せば「もし社会のルールそのものが間違った方向に流れてしまったら、個人の善性もまた、そちらに引きずられてしまう」という危険性をはらんでいるからです。

歴史を振り返れば、集団の「正義」が暴走し、他者を排除したり攻撃したりすることが「正しいこと」として正当化されてしまった悲劇は枚挙にいとまがありません。現代のSNS社会でも、特定の誰かを「悪」と決めつけ、正義感に駆られた人々が寄ってたかって攻撃する光景が見られます。

これは、私たちが本来持っている「社会に適応しようとする力(善性)」が、歪んだ環境によって誤作動を起こしてしまっている状態と言えるかもしれません。私たちは、人生の経験を積むにつれて社会の影響を色濃く受けていくという性質を持っているからこそ、その「社会の規範」がどこを向いているのかを、常に自分自身の心で問い直す必要があるのです。

「利他の心」を持ち続けるための、3つの小さな心がけ

私たちは「生まれながらの悪」ではありません。しかし、周囲の環境に影響されやすい脆さも持っています。では、どうすれば本来の「善性」に基づいた利他の心を持ち続け、正しい判断ができるのでしょうか。

日々の生活の中で培える、ちょっとした心がけをご紹介します。

① 「間(ま)」を置く勇気を持つ

何かに怒りを感じたり、誰かを「間違っている」と断じたくなったりしたとき、反射的に動く前に一呼吸置いてみてください。幼い子どもたちが本能的に自分の利益を優先するように、私たちの中にも原始的な感情が湧き上がることがあります。しかし、その後に「この反応は、今の自分にとって、そして周囲にとって本当に『善い』ことか?」と自分に問いかける数秒の「間」が、あなたの理知的な善性を呼び戻してくれます。

② 相手の「背景」を想像する

目の前の誰かの振る舞いに腹が立ったとき、その人の見えない部分にある「背景」を想像してみてください。「もしかしたら、昨日は眠れなかったのかもしれない」「何か辛いことがあったのかもしれない」。子どもたちが、相手のミスの原因が「うっかり」だったことを想像して許したように、相手の物語を推測する力(エンパシー)を働かせることが、普遍的な「許し」へとつながります。

③ 「小さな正直さ」を積み上げる

正直さのルールで、お菓子を返した子どもたちは、見返りがあるから返したわけではありません。それが「正しい」と信じたからです。

誰も見ていないところでのゴミ拾い、レジでお釣りが多かったときに申告すること、自分の非を素直に認めること。こうした「誰も見ていないところでの小さな誠実さ」を繰り返すことで、あなたの心の中にある「自分自身の規範」が磨かれ、社会の濁った流れに翻弄されない強い軸が出来上がります。

利他の心が社会の未来を拓く

私たちは、決して利己的な衝動に支配された孤独な存在ではありません。この研究が示した通り、私たちは生まれながらにして「他者とつながり、協力し、許し合う」ための驚くべき才能を持ってこの世に生を受けています。

「利他の心」とは、特別な聖人君子だけが持つものではありません。それは、隣に座っている人の疲れに気づき、そっと場所を譲るような、ほんの少しの想像力から始まります。その一人ひとりの小さな「思いやり」の選択こそが、今の社会の殺伐とした空気を塗り替え、世界をより幸せな色に変えていく唯一にして最強の力です。

私たちが社会の大きな流れに翻弄されそうになったとき、思い出してください。世界中のどこにいても、私たちは「わざとじゃない失敗を許し合える」仲間なのだということを。

一人ひとりの胸に灯る「利他の心」は、暗闇を照らす小さな星の光に過ぎないかもしれません。しかし、その光が集まるとき、社会という巨大な銀河は、より優しく、より公平で、より温かな未来へと進化の方向性を変えていくのです。

本来持っているあなたの「善性」を信じてください。その心が、世界を救う一番の鍵なのです。

私たちは、生まれながらにして「善」である 〜 世界5か国の研究が解き明かした、利他の心と「許し」の普遍性 〜 〜

【元論文】

[1] Science Advances「The emergence of cooperative behaviors, norms, and strategies across five diverse societies」
https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.adw9995

【元参考】

[1] Phys.org「Study of 400 children in five societies finds culture shapes how kids cooperate」
https://phys.org/news/2026-02-children-societies-culture-kids-cooperate.html

[2] EurekAlert! (AAAS)「Around the world, children’s cooperative behaviors and norms converge toward community-specific norms in middle childhood, Boston College researchers report」
https://www.eurekalert.org/news-releases/1115708

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